Salon de tocotoco vol9 12/01/2013

  • 2013.01.12 Saturday
  • 12:46



Bonne Année pour tous! :-)

あけましておめでとうございます!

さて、今日は今年初めてのSalonの日でした。今日はどんなことを話したかというと…

前回参加されたKさんにご参加頂きましたが、ラオスのお話をしていただきましたよ。
なんで「ラオス」!?とお思いの方も多いかも。私も最初ラオスとフランスの関係にピンと来なかった1人ですが、実はラオスはフランスの植民地だったこともある国なんですね。

ラオスはベトナムとタイの間、5つの国に囲まれた国です。正直ほとんど知らない国です。
「フランスに関係のある」というアバウトでFlou&ファジーな私のSalonにはぴったりの拡がりを見せた今回のSalon、とてもお勉強になりました。 

Kさんはラオス旅行を最近された方です。おまけに、つい最近ラオスからの留学生を受け入れられた方でしたので、実際に見たラオスと、実際に聞いたラオスのお話を聞くことができました。話をもとに、キーワードなどから調べたものをメモしておきます。

ラオスは社会主義国であるとともに仏教国。その歴史から、争いを好まない国民性の持ち主のようです。所謂東インド貿易会社から続くイギリスやフランスの植民地時代の流れで、ラオスは第2次世界大戦までフランスの植民地でした。日本の大東亜共栄圏構想から「欧米の植民地となっているアジアの国を解放」の意図はさておき、仏印武力処理(フランス領インドシナ武力処理)によりラオスはフランスの植民地から解放されます。時は1945年3月でした。ということはこの年の8月15日には日本は敗北しますから、日本はラオスにとってはフランスから解放してくれた有難い国と映ったかもしれませんね。親日家の多い国とも聞くのはここに理由があるのかもしれません。

フランス植民地下とはいえ、北と南に王国があり、自立的に国を治める環境になかったラオスは、独立宣言を撤回しますが、独立を希望するレジスタンスが暴騰。それを治める為に再びフランスが絡んできます。フランスに友好的だった王に内政の自治権を与え、1949年、同じくベトナムのフランスからの独立戦争(第一次インドシナ戦争)を戦っていたフランスは、インドシナでの影響力を残すためラオスをフランス連合国の一つとして独立を認めることになります。ですが、外交権と軍事権はフランスに依存したまま、実際は内戦が長く続くこととなるんですね。

そして、世界全体が植民地という考え方からすこし歩みを進め、「1954年のジュネーブ条約」によりラオス国内からフランスも撤退しなければならなくなるんです。ですが、1955年くらいから、今度はアメリカの影がラオスの空を覆い始めます。所謂冷戦はここラオスにも影響を及ぼしていたんですね。1960年代にはベトナム戦争の中、物資調達に使われた小道がラオス側にあったため「北爆」といわれる空爆により、ベトナムだけでなくラオス国内も無差別に空爆にあったといいます。1日800回の空爆、その期間に落とされた爆弾の総量1人当たり1トンという説もあるそうです。国民の11%が空爆で亡くなったというから悲惨です。実はその数ベトナムの死亡者率と変わらないかあるいはそれ以上というから驚きでした。今もクラスター爆弾に悩まされる国なのだと初めて知りました。

ベトナムの抵抗に苦戦し世界各国からの非難も出始め、1973年のパリ協定を経てニクソン大統領は派遣したアメリカ軍を撤退さます。それからしばらく時間が必要でしたが1975年4月30日サイゴン陥落によりベトナム戦争は終結、同年5月27日にはラオスからもアメリカ軍が撤退に同意。その年の12月、王政を廃止し、連合政府を解体、やっとラオス人民民主共和国の成立が宣言されたそうです。ここまでお聞きし、真の独立から40年経たない、これからの国なのだなと感じましたよ。

フランスの統治下、愚民政策がとられていたということもあり、教育の分野についてはまだまだ進んでいないようです。学校の数も少なく、初等教育は寺院で僧侶の修行をするのだとか。托鉢のお坊さんへ多くの人が自然に施しをするのは、自分たちの子供がお世話になっているところだからなのかもしれないとKさんが感想を離されました。町でバスの運転手に施しを要求する親子、またそれに自然に答える運転手、そんな光景が街中でよく見かけられたのだとか。沢山ではなく、施すというのは文化なのかもしれませんね、と話ながら、今回のSalonはあっと言う間に終わりました。

ちなみに、私の準備していたお話は…。アンドロメダ星雲に関する資料を視覚化するという作業において、アンドロメダ星雲の周りの小星雲の一部がスパイラル星雲の周りを周っていることを発見した15歳のフランス人少年の論文が有名な科学誌「Nature」に掲載されたということでした。彼は、休暇を利用してストラスブールの天文台で研修をしたのだとか。ピアノを弾くのも好きなネイル君、次に自分の名前を聞くとしたら、違う分野かも。同じ科学でも違う分野がいい、両親とは同じことはしないほうがいいなんて(視覚化に必要なプログラミン言語Pythonの研究チームの一人が彼の父親で彼を天文台の研修に誘ったのも父親)、可愛らしい少年だと思いました。ちなみに、この発見は今までの常識を覆すものらしく、柔軟な思考で答えてくれた父親の存在も素敵だな〜と思いました。



長々と最後まで読んで頂きありがとうございます。
では次回のSalon de tocotocoでお会いしましょう♪^^

コメント
植民地の歴史、シリアはじめ中東も結構フランス領多いんだよね、個人的にはぜひそちらの方も(笑)。
  • arichu
  • 2013/01/12 9:45 PM
^^ arichuの方が詳しいでしょ、そっち方面。植民地って引きずるよね…その点、香港は異例なのかしら?とか思っちゃう。
  • tocotoco
  • 2013/01/12 11:35 PM
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